News
お知らせ

『上田実』インタビュー

2020.09.13

1.培養上清の発見

インタビュアー

2019年1月1日に発売された「驚異の再生医療―培養上清とはなにか:扶桑社新書」には、これまで再生医療の中心的な手法であった幹細胞移植の課題と限界が実にわかりやすく解説してあって、そのうえで「培養上清」の合理性や有効性が明快に紹介されていました。このコペルニクス的発想ともいうべき培養上清を発明された経緯について改めておしえていただけますか。

上田実

私が再生医療の分野に入ったのは培養皮膚の研究からでした。火傷の患者さんの治療にあたっている過程で、そのころアメリカですすめられていた培養細胞(正確には上皮幹細胞)をつかって表皮組織を作る研究を知ったのです(H,Green)。この培養表皮は人工皮膚としては優れたものでしたが非常に薄くて、I度熱傷かせいぜいⅡ度の熱傷にしかつかえませんでした。表皮だけが損傷した軽い熱傷か真皮の一部が損傷した浅い潰瘍の場合は真皮のなかに上皮幹細胞が残っていますので時間をかければ自然治癒させることは可能です。しかし感染のリスクや疼痛のことを考えればできるだけ表皮層を再生させる必要があります。培養表皮移植には十分にその効果があったのです。
表皮再生のメカニズムは自家培養表皮を移植した場合は、移植した細胞がそのまま生着して新しく表皮層を再生する、一方他家で作られた培養表皮は拒絶されるので、真皮に残っている汗腺や毛嚢の中にある上皮幹細胞が皮膚表面に遊走して新しく表皮層を再生すると考えられていました。つまり他家培養表皮は性能のいい創傷被覆材のようなもので一時的に傷を覆うにすぎないと考えられていたのです。当然、他家表皮移植のほうが自家移植より治るまでに時間がかかると予想されます。ところが、自家表皮でも他家表皮でも移植したあとの傷の治り方はほとんど変わらなかったのです。表皮細胞が生着しても拒絶されても傷がなおるスピードが同じなら、「細胞は要らないんじゃない?」ということになりますね。じゃあ何が傷を治しているのだろう、という疑問が湧いてきます。一方、教科書的な知識として幹細胞は信号分子(生理活性物質、サイカインなど)を放出して、幹細胞の働きをコントロールしていることは知られていました。この信号分子は培養上清の中に存在する可能性が高い。ならば培養上清だけでも、そのなかにある信号分子が真皮のなかの上皮幹細胞に働きかけて傷を再生したのかもしれない、という発想が生まれたのです。そこで培養上清だけを浸み込ませたガーゼを傷の半分の部分にのせて、もう半分には自家細胞の培養表皮をのせて傷の治り方を比較してみました。驚いたことに傷の治りは自家培養表皮の部分と培養上清だけの部分は全く同じように表皮が再生したのです。つまり「細胞はいらなかった」のです。その後、培養上清の中にある生理活性物質を分析したところ、2000種類以上のサイトカインなどのタンパク因子がみつかり、われわれの想像したとおり培養上清は幹細胞の移植と同等の再生効果があるということが証明されたのです。

2.培養上清で臓器を再生する

インタビュアー

なるほど面白い話ですね。培養上清の発見にはそのようなエピソードがあったのですね。その後上田先生のグループは皮膚の研究からえられた培養上清治療のコンセプトを、脳や脊髄、心臓や膵臓といった多くの臓器の再生医療に適応範囲を広げていかれたわけですが、それにはどのような経緯があったのでしょうか。

上田実

私が培養表皮の研究から培養上清治療のコンセプトを確立したころ、世界の再生医療は依然として幹細胞の移植を前提とした研究がおこなわれていました。対象はアルツハイマー病、脳梗塞、脊髄損傷、糖尿病、心筋梗塞などの難病です。多くの論文が発表され幹細胞の治療効果がうたわれていました。そこで、これらのモデル動物に幹細胞の代わりに培養上清だけを注入してみたらどうなるか?を試してみたくなりましてね。幸い名古屋大学でも多くの教室で幹細胞移植の実験が行われていて、素晴らしい結果がえられていましたので、お願いをしてその動物に幹細胞の培養上清を投与していただいたのです。すると脳梗塞でも心筋梗塞でも糖尿病でもそれぞれのモデル動物の病気が培養上清だけで治ってしまったのです。この時点で培養上清は皮膚のような単純な組織だけではなく複雑な形態と機能をもつ臓器の再生にも使えることが分かったのです。この結果は幹細胞の移植をやっていたほかの医局の先生たちには衝撃的だったようです。なぜなら彼らが目標にしていた難病の治療は、費用も手間もかりる幹細胞移植をしなくても培養上清だけで治せるわけですから。一種の「薬剤」である培養上清は、安全性、有効性、簡便性、費用と、あらゆる点で幹細胞移植より有利なので、一気に再生医療が現実味を帯びてくるわけです。
そうした経緯から、私たちは培養上清をいわゆるアンメット・メデイスン(Unmet Medicine)として有効な治療法のない難病に適応することにしたのです。

3.乳歯由来培養上清はアルツハイマー病の有望な治療薬

インタビュアー

株式会社U-factorはアルツハイマー病の治療薬の開発を目指しているとのことですが、先生はこれまでの研究経験から培養上清のアルツハイマー病治療薬としての可能性をどのようにお考えですか。

上田実

すでに触れましたが培養上清の中にはサイトカインやホルモンのようなタンパク因子が約2000種類含まれています。このなかでSiglec-9MCP-1というサイトカインが神経の再生に重要であることもわかりました。この二つのサイトカインが同時に作用することで神経の再生が促進されるのです。特に、乳歯幹細胞由来の培養上清は二つのタンパクの濃度が高く神経再生の効果が高いことが証明されています(Mita et al論文を引用 )。
私たちの行った動物実験では、乳歯由来の培養上清はアルツハイマ―病、脳梗塞、低酸素脳症、多発性硬化症、脊髄損傷などの神経再生疾患に著明な再生効果があることが分かっています。
アルツハイマー病は現状では有効な治療薬は存在せず、その治療薬の開発を世界中が求めています。まさにアンメット・メデイカル・ニーズの代表例といえるでしょう。私たちは国内外の協力病院で、アルツハイマー病患者40名を対象にした二重盲検試験では危険率5%で有効という臨床結果が得られています。基礎的にも臨床的にも有効性が確認されている培養上清が世界初のアルツハイマー病治療薬になる可能性は高いと考えています。

4.アンメット・メデイカル・ニーズに対応した培養上清

インタビュアー

お話をうかがっていて、培養上清のもつ可能性がよくわかりました。
これまで再生医療にはアンメット・メデイカル・ニーズにこたえる可能性があると考えられてきました。また再生医療には大きな産業的可能性がるとして国の政策でも成長産業の一つとして取り上げられてきましたが、それが実現しているとは考えられません。上田先生はこうした現状をふまえて、再生医療の実用化と産業化のために何をすべきとお考えですか。

上田実

いわゆる難病と呼ばれる疾患のなかで、最も治療法・治療薬の開発が遅れているのが、いわゆる神経変性性疾患と自己免疫疾患です。この二大疾患に対しては間葉系幹細胞(MSC:乳歯歯髄幹細胞を含む)が非常に有効であることが分かっています。伝統的な発想としては当然MSCの投与、移植を考えるわけですし、事実多くの研究者が現在も努力を続けているわけです。しかしMSCの製造、管理、規格化には膨大な費用がかかります。大衆病と呼ばれるようなアルツハイマー病ではとくに、患者数も多く、高齢者ですから、治療のリスクが低く、医療者にとっても患者にとっても負担が少なく方法でなくてはなりません。
すでにお話をしたように、神経変性性疾患やアレルギー疾患にたいするMSCの効果は高く、今後はいかにしてコストを下げ、安全で有効な治療法にするための、具体的に実用化の課題を解決すべき段階に来ています。
私は、幹細胞治療は一種の臓器移植であって、基本的には、法的にも医学的にも技術的にも移植医療と同じ負担は避けられないと考えています。したがって、低コスト化、低リスク化、大衆化にはおのずと限界があります。それに対して、培養上清治療は薬物療法で、治療効果は幹細胞移植と同じすから、大量生産、大量保存、投与の簡易化が可能です。再生医療を大衆医療にするには、培養上清を使用する方がはるかに合理的です。
大衆医療となった再生医療は当然、製薬産業と同様に産業的可能性が飛躍的に大きくなりますから世界市場を想定した日本発の新産業に十分になりえます。
培養上清の科学的な基礎固めはおおむね終わっています。今後は将来の産業化を念頭においた、創薬戦略が重要ではないでしょうか。